Kotone Note 琴音 すみっこ目せん

「落ち込み」の解消法 2023/05/10

皆さんいかがお過ごしでしょうか。
先日、長らくしまい込んでいたバッグを掘り出しました。
普段同じものしか使わないので、そういえば持っていたなとテンションが上がりました。
思い出補正とバッグ自体の格好良さに惚れ惚れしていたからか、ちょっと長めの肩掛け紐を調整するのに約20分を費やしました。
これもある意味、贅沢な時間ですね。
琴音です。


ゴールデンウィークも明け、ニュースなどでは五月病という言葉が聞こえるこの頃。

気温の不安定さも相まってより一層気力が吸い取られるという方もいらっしゃるかもしれません。

そんな中、つい最近友人と長電話をしていた際、落ち込んだ時の気持ちの戻し方についてひと盛り上がりしました。

日々大変なことから些細なことまで、様々な問題について回る「落ち込む」という感情。

その解決策は大体誰も同じ感じなのかなと思っていたのですが、話してみると思いのほか多様なスタイルがあったのです。

その友人は、「一度とことん落ち込む」という方法をとるようでした。

落ち込んだ気持ちを敢えて奮い立たせようとはせず、ひたすらネガティブなことを沢山考え、ひたすら落ち込み、ひたすら涙を流し…。

そのように深淵まで落ちると「はっ!」と正気に戻るタイミングがあり、割と平気だなと思えるようになるようです。

そうして正気を取り戻すと、気持ち的にも落ちていた場所から徐々に上がっていけるとのことでした。

これを受け個人的には、そんなどこまでも落ちていくのに「自分なんかいなくなったら…(以下略)」というところまでは歪まないというのがすごいなと。

落ちるところまで落ちてもどこかで冷静な部分を持つのが大切、と付け加える友人に感心しました。

また、会話をする中で思い出した別の友人については、「どこまでも自分と向き合う」という方法をとっていたりもしました。

結局自分で解決するしかない、答えは自分の中にしかないと考え、自分との対話を突き詰めることで解決するというスタイル。

こちらも前述の方法と似ていますが、より大人というか、自律を感じる方法だと思います。

これについては個人的なものや内省的な悩みならばさておき、外部と関わるが故の原因(人間関係における悩みや俗にいうブラック企業に務めているなどといった場合)においては自分の非を探そうとするあまりに環境自体を何とかできないかという方向に目が向かなくなってしまう可能性があると感じました。

世の中周りを変えるより自分が変われといいますが、時には難しくとも周りの状況を変えようと奔走することで救われる場合があったりします。

この方法をとる場合は悩みながらも多角的な視野を維持できるかがカギとなってくるようです。

因みに私はというと、挫けそうになった時には決まって「じゃあやめるのか?」と自分に問いかけています。

以前Twitterで書き物のデータが飛んだがやりきってやったという内容をツイートしておりましたが、その時も自問する瞬間がありました。

字ズラだけ見ると極端だなと思いますが、やめるのかと自分に問いかけた後は基本「いや、やめない」が返ってきます。

そして、それならやるしかないよねという方に考えが向いていくのが常です。

大前提として、勿論興味のないことはさっさとやめます。

音速で折れます。

まったり生きたいと思いながら日々を過ごしておりますし、何かしらと戦ったりもまずしたくありません。

が、元来自分との戦いにだけは負けず嫌いが発動する性分なもので、どうしてもメラメラとしたものが湧いてきます。

極論を敢えて自問することで落ち込んた感情をエネルギーに変換する、背水の陣的な方法をとっているので、立ち直ってからはさらに精神が鍛えられます。

一方でこれについては、簡単に折れない軸があることが必要です。

落ち込んで心が弱くなってしまうと自分の軸もなくなってしまうという方は要注意です。

さて、いかがでしたでしょうか。

人も方法も多様なこの頃。

しかし何時も悩みや試練は発生してしまうものです。

皆さんの中にはどんな解消法があるでしょうか。

特に落ち込みやすいという方は、お守りという意味でも自分に合った解決策を見つけてみてください。

っはい!!
今回はこの辺で終わります。
ご清覧ありがとうございました!
また来週。